向こうに見える白いものは何か?

園長 東 晴也

先日、発刊されたばかりの「木洩れ陽」第54号の169ページにおいて、私の「好きな書籍」として、宮澤賢治の『なめとこ山の熊』を紹介していただいています。これは、おそらく賢治が子ども向けに書いた童話なのですが、近年では高校3年生用の国語の教科書「現代文」にも掲載されている小説(文学)です。

あらすじは省略いたしますが、作品の大きな骨子としては、熊打ちの小十郎は、他の仕事をしたくても出来ずに、仕方なく熊打ちをし続けて家族を養うのですが、ある日、熊打ちに出かけた先で、熊に襲われて死んでしまうというお話です。

熊のことならなんでも分かるほど、熊に精通している小十郎は、ある春早く、親(母)子熊が会話している場面に遭遇します。作品の中では、熊のことなら何でも分かる小十郎なので、会話の内容まで分かるのですが、その内容が、
「向こうに見える白いものは何か?」
なのです。春早い時期、熊にとっては、冬眠明けで空腹な時期に、向こうに見える白いものが、「雪」ならただ喉を潤すだけで空腹は満たされませんが、それが「花びら」なら小熊は食べて生き延びることができる。それを、問いの形で、母熊はていねいに子熊に教えている場面なのです。
「おかあさまは分かったよ、あれねえ、ひきざくらの花」

以前、小学生用の国語の教科書に、神沢利子さんの『春のくまたち』が掲載されていましたが、その中に、春の母熊が木に登って、ひきざくらの花をむしゃむしゃ食べて、そしてその花をぽとぽと落として、小熊にたべさせるシーンが描かれています。

賢治自身は、この母子熊の会話の場面を、とても美しいシーンとして描こうとしていることが分かります。例えば、「淡い六日の月光の中」での会話とあり、会話を聞いた小十郎は「なぜかもう胸がいっぱいになって」、母子熊に気づかれないように、「後退り」して帰って行くのですね。猟師なのに、ここでは母子熊を撃たないのです。
この「ひきざくら」こそ、今ひかりの園庭で咲いている白い花「こぶし」なのです。

私は春、この花を見ると、必ずこのお話のこの母子熊の会話を見つめる小十郎のシーンを思い出すのです。母熊の子を思う愛、小十郎のやるせない思いや優しさ。小十郎は、こんなに美しい母子熊のシーンを、殺し続けなければ生きていけないという、自分の悲しい人生を思い知らされるという場面なのですね。

「人は一体どう生きればよいのか?」を、東北の子どもたちに考えてもらおう、教えようとした作品なのではないかと思います。
来週は、いよいよこの木の根元で、卒園式です。
園に来られたときは、この「こぶし(ひきざくら)」の花を、ぜひご覧ください!

*「『園長!』の写真日記」は、ひかり幼稚園在園児及びそのご家族を念頭に、その日にあった出来事を写真と共に振り返りつつ、執筆するものです。