碁石チャボのパーちゃんありがとう、さようなら!

園長 東 晴也

4月28日に何者かに襲撃された碁石チャボの母パーちゃんは、5月1日に動物病院に行き、脱落していたクチバシを含む周辺部の接着と縫合手術を受け、見違える様に力を取り戻しました。しかし、数日の間に、接着剤で留めたはずのクチバシがまた折れてしまって、自力で食べることが困難になり、GW明けの5月7日に再通院。今度はクチバシごと縫合するという大手術を受けて帰って来ていました。

2回目の通院の際、スタッフの方に注射器型の給餌具を紹介され、「自力で食べられなければ、これでお粥を与えてください」と言われ、料理が得意なE先生が翌日には、米粉とかぼちゃの2種類のお粥を用意してくれて、朝晩とE先生と私がご飯をあげていました。

12日の母の日、パーちゃんはさかんにゲージの外に出たがりました。これまで他の碁石チャボたちにいじめられることを心配して、合流させなかったのですが、外に出して様子を見ていましたら、これまでのように仲良く過ごすようでしたので、そのままにしました。でも、クチバシがまた曲がってしまって、餌を与えても突くだけで食べられないので、どんどん元気がなくなっていくようでした。

13日も外に出してみました。冷たい雨が降る日でしたが、なんとか仲間と一緒に過ごしているようでした。でも、どんどん頭が体の羽毛の中に沈み込むように、体全体が地面に近づいていくようで、死が近いことを告げられているようでした。

昨日14日の朝は、E先生に食事を与えてもらい、テラスのゲージの中で休んでいるようでしたが、目も開けなくなり、ゲージの扉を開けても、外に出ようともせず、首を指でなでると「ピー」と鳴くだけで、だんだん動かなくなりました。

子どもたちが集まって来ます。
「えんちょーせんせー、どうしたのー?」
「もう死ぬかもしれないよ……」
どんどん子どもたちが集まって来ます。子どもたちも心配してなでてくれます。
ゲージから出して、みんながよく見えるようにしました。
そして、子どもたちになでてもらいながら、とうとう動かなくなりました。

年長さんがいつものようにお弁当の時間に、「パーちゃんのことを話して……」というので、話しに行きました。私が話したのは、次のようなことです。
「碁石チャボのお母さんパーちゃんが今朝、亡くなりました。死んでしまったのは、自分でご飯が食べられなくなったからだと思います。みんなはこれからお弁当だね。自分でご飯が食べられることを感謝して、しっかり食べてくださいね。そして、パーちゃんは優しいお母さんだったね。自分が産んだ卵を守ろうとして、敵に襲われたんだと思います。みんなが今、こうして生きているのは、みんながお母さんのお腹の中にいる時に、お母さんやお父さんが全力で守ってくれたからだよ。それを忘れないでね。……」

私は、ただパーちゃんが死んだ報告だけするつもりでしたが、悲しそうな顔をして、静かに聞いている年長さんたちの顔を見ていたら、生きること生かされていること、ご飯が食べられること、お母さんお父さんに守られて生きていることについて話していました。
パーちゃんが大きな手術を2回乗り越えて、自力で食べられなくなっても、仲間と共に必死に生きようとした姿から何か大切なことを教えられたような気がします。 (2024.5.15)

*「『園長!』の写真日記」は、ひかり幼稚園在園児及びそのご家族を念頭に、その日にあった出来事を写真と共に振り返りつつ、執筆するものです。