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この街には ひかりがあります
園内にあふれる木、竹、草…、それぞれに美しい。 園内にあふれる個性、歓声、ぶつかりあい…、 それぞれに頼もしい。
園長 東 喜代雄
狭山ひかり幼稚園の歴史の中で、生れ、育ってきた 数多くのことぱの中から、園長のことばを抜き出して紹介します。 子どもや保育にかける私たちのこころです。
最も勇気ある人は、最も自信のある人ではあるまい。 最も自信のない人が、揺るぎない偉大な力に最も信頼する人。
子どもはみずからの生き方を求めて努力している。 この子ども自身の努力を前提として初めて教育の場は成り立つ。
幼稚園は、平和と人権と環境保護を教えるところ。
人生に道は三つ。挑戦か、傍観か、逃避か。
都合の良いものを選び、気に入らなければ断ればいい時代。 しかし、複雑で訳の分からないところに、 面白いことや大事なことがたくさん。
春の新緑が美しい。夏の緑も美しい。秋の紅葉も美しい。 冬の裸木はすべての飾りを捨てて最も美しい。
冬に木々が、ありのままをさらしているのは、 北風に向かうのに、一番強いからなのかも知れない。
自然がどうして人を感動させるのだろう。 次の季節を予感させるからかなあ。
保育者の仕事、相手がよりよく生きることができるように、 それを自分自身の課題とする人。
貧しいのは好き。足りて恵みを忘れるより、 足りずに祈り求めるほうがずっと人間らしい。
人は貧しいとき団結する。富んでくるとそれが壊れる。
種を蒔く、苗を植える、植物を育てる。 収穫を得る一番の近道は土壌を肥やすこと。 それがまた一番遠い道だが。
自分の思うように人を効率よく引っ張って行こうとするのは、 自分のやることは正しいと勘違いしている証拠。
手、足、全身を使って遊べ。 そうしないと高等な精神機能は生まれない。
Aは折り紙、Bはお手紙、Cはパンチ ……みんな私へのあいさつ、メッセージ。
おかあさん、こんどじぶんのこと怒ってごらん。すごい恐いから。
子どもを見る。子どもと遊ぶ。子どもを守る。 世界を見る。自然と遊ぶ。宇宙を守る。……みんな同じ。
幼稚園は、愛情が半分。あとはがらくたと土と水。
人を能力だけで見るのは偏見。役に立つかどうかで見るのは見るのは蔑視。 何ができなくてもいるだけで尊いのが人。
「いい保育ができた」「うまくいった」という日はほとんどない。 「これでよかったんだろうか」「明日こそ」という日だけ。
「まいった、まいった」「叶わないなあ」。という日が続く。 考えてみればしごく当然。「子どもでありたい」とよく私自身が思うもの。
親は子どもを教育する義務がある。 同様に親は子どもに教育される義務がある。
石鹸はからだのため、涙は心のため。
悩む子らに寄り添うからおとなは悩む。 悩まずに子らに寄り添うことは不可能。
教育はアンケートではできない。嫌われても、バカになっても、 言わなければならないことは言わなくてはー。
せんせい何してんの?答えはわかっているのに聞いてくる。 「わたしここにいるよ」「わたしのことわかってー」のサイン。
幼児は好きな人を探し回っている。 好きな人の言うことを聞こうと歩き回っている。
物忘れがひどい、おっちょこちょい、字が読みにくい、慌てんぼう、 方向音痴…これ、みんな私の能力、よさ、そして恵み。
「木の家は、天使を育てます。」建築会社のコマーシャル。 「木の家は、人を育てます。」でもやっぱり、教育はモノでなく人。
幼稚園はスマートになった。そして依存心が増大した。 幼稚園は便利になった。そして子どもが我慢しなくなった。
赤ちゃんはなぜ人に好かれるか。……人の悪口を言わない。 人の前で人を馬鹿にしない。
ある講演の演題。「子供の年齢に応じたしつけ方」、 どうして「おとなの年齢に応じたしつけ方」ってないんだろう。 「子どもの年齢に応じたほめ方」とか。
子どもを確実に不幸にする方法。 何でも、容易に手に入れられるようにしてやること。
幼稚園には、促成栽培がない、短期高利回りがない、効率の良い 流通がない。幼稚園には、無駄な時間がある、無闇に空間がある、 無理のきく仲間がある。
幼稚園は幼稚園。通りすがりに利用するだけの ドライブインであってはならない。
子どもの絵はすばらしい。絵がすばらしいのは人間がすばらしいから。 人の評価を気にしないから。それが芸術。
愛された実感のある人が人を愛する。いじめられた実感は人をおとしめる。
鑑賞眼をもつ秘訣は「本物をうんと見ること」。 良くなろうとするときは「うんといい人に出会うこと」。
家庭は、家+庭ではない。アットホームのホームである。
「春が来た春が来たーどこに来た」「春の小川はさらさらいくよ」 「小さい秋小さい秋見つけた」「秋の夕日に照る山もみじ」…今は どこに行っても喰いちらかされている日本。
創立の頃、園児は45人だった。給料は3万5千円だった。 食べられないのでバイトをした。 でもよく園児がパジャマをもって泊まりにきた。 わが家の醤油やバターがいつの間にかなくなっていた。先生たちも泊り込んで夜業した。 いまあの頃の何かを失ってしまった。
ひとりしかいない自分、いちどしかない人生。
Dは泣き虫、Eはスローペース、Fは内気……みんな「よさ」の一面。
風にそよぐ木々、気にも留められない草花、もの言わぬ遊具…… きっと私に大声で語っているのでしょうね。
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