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狭山ひかり幼稚園
ゴリラの窓
 
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動物・保育・人生(8)

---生きものとの共生をめざして---

ひかり幼稚園
東 喜代雄


  前号の「アヒル盗難事件」の続き
から始めます。
 ポスターを張り出してもアヒルは毎朝一羽ずついなくなりました。私はいくら絵を
描いて張り出しても、それは無理だと思っていました。猫は字が読めないからです。
効果がないと知った子どもたちは「お巡りさんのところにお願いに行こう」と言い出
しました。
当日警察署には「幼稚園の子ども達が行くからよろしく」とだけ電話を入れておきま
した。担任の話によると、園児達は目の高さほどのカウンターに身を乗り出して口々
に訴えたそうです。「アヒルがいなくなるんだよ。ちゃんと見ていてよね」「お願
い、犯人を捕まえて」。お巡りさんも困ったと思いますが、やがて「そんなことなら
市役所に行ってお願いしなさい。」と言われました。
子ども達はぶつぶつ言いながら帰ってきました。
 ちょうどその日は火曜日だったので、お弁当のある木曜日に市役所に行くことにな
りました。
 ところが木曜日にみんなを集めてみると二人の園児が交通費となる百円を持ってき
ていませんでした。中には「園長先生、出かけるんだから○○くんに百円貸してあげ
なよ」と言う子どももいましたが、私はぐっとこらえました。それと言うのもお金を
忘れた一人は、身体が大きく口の達者な子でみんなに一目置かれていたからです。
協議の結果、次の日つまり金曜日に行くことになりました。私は市役所の衛生課に電
話を入れておきました。役所につくと彼らは三階まで駆け上がりました。「課長さんは
どちらですか?」、突然やってきた子ども達に取り囲まれて苦戦する課長さんを想像
してください。私の予想では「前向きに善処します。」くらいは答弁があると思ったの
ですが、そのときは市長室から衛生課に電話が入っていました。市長室に案内された
彼らはゆったりしたソファーの感触を楽しみながら市長さんが考案して、すでに市販
されていた「ふりかけ」をお土産にもらって意気揚揚と帰ってきました。
その数日後、野犬狩りが行なわれ市役所はちゃんと対応を示してくださいました。今
ではアヒルもニワトリもハクチョウも園庭で放し飼いにしていますが、このような経
緯があって可能となったのです。

さて、私は狭山ひかり幼稚園における動物達とのかかわりにおいて学んだこと、考え
たことなどを書き綴ってきました。そして二年間も続きました。
終わりにあたり、どうしても書いておきたいことが一つあります。それはひかり幼稚
園の聖書信仰というかキリスト教とのかかわりです。
一九七〇年義父の援助によって園を創立するとき、これは神様の一方的なご恩寵と祝
福によるものであるから、園は神さまのご栄光を現すため設立されるものでなければ
ならないと考えました。
そしてまず園の目的を考えました。当然神のご栄光を現すと言うことは、しっかりと
聖書の教えに従って、子ども達に神様を教えること、特に子どもと周囲の人々に十字
架の贖いによる救いの福音を伝えることを第一義としました。いわば「幼児神学校」
の構想です。
そのために教師はすべて基督者でなければならないと考えました。聖書を語り、祈り
をなし、いのちと人生、家族、生活、主の日、礼拝を語るとなれば、語る者は創造者
である神を信じていなければならない。どんなに知識や技術があり、人柄がよくても
それだけでは採用しないと決めました。
創立から三~四年は何とかこの主義を通すことが出来ましたが、一九七四、五年にな
ると、この町は東京のベッドタウンとして人口が急増し、入園希望者は増える一方で
した。いくら求人に駆け回り、大学に求人票を出しても応募者がありません。入園時期
は迫るし、担任がいないでは学級編成も出来ません。背に腹は代えられないと、とう
とう我慢できなくなって私はT大を卒業する一人の女性に面接をして内定を出しまし
た。
しかしその夜から私に主の平安がなくなりました。眠れない夜を過ごすうちについに
私は彼女を訪ね、土下座をするようにして、
「申し訳ないが、内定を取り消して欲しい」と頭を下げました。彼女は、
「私はここでなくてもいいから」とあっさり了承してくださいましたが、本当に申し訳
ないことでした。私の一生の不覚です。今でもその日のことを思うと申し訳なさで身
が縮みます。
ところがそれから四、五日経ったころ、あんなに探してもいなかった教員希望者が二
人もそろって志願して来ました。しかもこの二人が従来の保育のあり方を根本から変
革する貴重な存在となるのです。神様は私の信仰を試し、ちゃんと人と道を用意して
くださっていたのです。
これからも求人難はしばしば続きました。しかしこのことがあってから私はすべての
ことを主にお委ねすることにしました。そして今日まで創立三二年間基督者の採用は
守られてきました。

さて園の目標は、
一、 神様を畏れ従うこと
二、 両親を敬い従うこと
三、 社会の進歩と調和に寄与すること
としました。いわばモーセの十戒を三つにまとめたものです。
実践的な目標は、
一、 心身ともに健康で、
二、 豊かな心と、
三、 自主的精神に満ちたたくましい野生人
四、 そしてともに育ちあう教育。
一口で言うと、「踏んでも蹴っても死なない子」の育成です。しかしこれを言うために
は、日々の保育と安全確保において、細やかな配慮と計画が必要だと考えています。
 よく幼稚園の見学に来る人が、
「ここは○○学園に似ていますね」とか「シュタイナーの思想を取り入れているんです
か」と言われます。たぶん宗教哲学が基盤にあること、教師主導の保育でなく一人一
人の自発性を最大限に尊重しようと心がけていること、時間の流れがゆったりしてい
ること、飼育や栽培、料理や手作りなど、自然に恵まれた環境の中でそれらを保育に
生かしていることなどから、そういわれるのだと思います。
 見学者から一番多く聞くのは、
「ここは自由保育ですね。」です。そう言う人は形態としての「自由保育」を指して
いる場合が多いので注意して話さなけばなりません。
 自由保育という言葉は幼稚園教育要領にも、その指導書にもどこにも書いてありま
せん。たぶんに素人的解釈が口コミで伝わったものでしょう。しかしそんなものが
あったにしても、自由保育は一斉保育や設定保育に対立する概念ではありません。
 一斉保育は保育の一つの形態ですが、自由保育は子どもの自発性を大事にすると
か、自主性を尊重するという保育の考え方で、いわば一つの哲学です。
 自由保育の中でも一斉の形態をとることもあり、保育者の投げかけによる設定とい
う方法を取ることもあります。
 設定でも一斉でも、私達は「やらされている」というような強制感や、束縛感を抱
くことがないように、子どもの自由感を大切にします。ところが現場では、子どもの
自発性を尊重するという名目のもとに必要な援助をしなかったり、なすべき指導を控
えたり、洞察も予想もないただ「待つだけ」の保育に陥る傾向があるのでこういう誤
解が生じるのだろうと思います。
 『乳幼児の教育』を購読する皆さまにはいまさら申し上げる必要のない話でした。
すっかり脇道に逸れてしまいました。
しかし私達が言う「自由保育」はまたさらに違うように考えます。
その理由の一つは、子ども一人一人は創造主なる神によって、深い計画と摂理のもと
に作られた尊い存在であるという確信です。イザヤ書には、「私の名で呼ばれるすべ
ての者は、私の栄光のために、私がこれを創造し、これを形造り、これを造った。」
(43:7)とあります。神のかたちに似せてつくられ(創世記1:26、27)た人間は、特
別に深い配剤のもとに、なくてはならない存在として形づくられ、そこに置かれたの
だということを信じてかかっていることです。
二つ目は、全職員が一つの信仰のもとで学び、祈り、捧げあっていることです。
保育には絶対とか、正解とか、マニュアルとか、お墨付きというものはありません。
それだけに何をするにも、職員同士の論議や協議が必要となります。あるいは保護者
や地域を巻き込んだ話し合いが必要になることもあります。つまり性格も考え方も、
年齢も経歴も異なる教師一人一人が互いの違いを認め合い、受け入れあって前進する
ときに心は一つになり、やっと一人前の仕事ができるという認識です。ひかり幼稚園
は理事長を含めて十二人の教職員がいますが、この十二人でやっと一人前なのです。
指導者は大切ですが絶対者やボスは不要です。この縦も横もない相互関係の中で「自
由に話し合う場」がなければ「自由保育」はあり得ません。聖書で言うと、ロマ
12:4、5 第一コリント12:14〜27などです。
三つ目は、聖書がいう「もしあなたがたが、私の言葉にとどまるならあなたがたは私
の弟子です。そしてあなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」
(ヨハネ8:31、32)を信じる者の群れということです。
「自由」は辞書にあるように「気まま」、「わがまま」(広辞苑)ではなく、もちろ
ん「やりたい放題」「好き勝手」ではありません。広辞林には「法律の範囲内におけ
る随意の行為」を上げていますが、保育の世界ではむしろ「責任」とか「自主性」(自
発性+自己統制)を指しているように思います。自由こそ憲法が保障する時代と社会
の要請であり、個を尊重するという人間発達の方向に合致した基本理念です。
しかし私達はさらに進んで、法律を超え、道徳を超えて、神様が示される「罪からの
自由」を確信している者の群れであるということです。
自由保育を論ずるとき、神の前に罪許された者が感謝と光栄をもって、幼な子と向き
合っている、それが前提だと思います。
障害児(この言葉は好きではありませんが)を進んで園に迎え、ともに学びあいながら
育つことを模索するのも、さまざまな背景を背負ってやってくる園児と保護者を、透
明なまなこを持って迎え、接していけるのも信仰による自由がもたらしてくれるから
だと思います。

さて先ほど「幼児神学校」と書きましたが、もちろん幼児に神学を教えるわけではあり
ません。当然「学校教育法」や「幼稚園教育要領」に基づいて幼児教育を展開しま
す。ここで質問が飛んできそうなことは礼拝をどのように位置付けているかというこ
とでしょう。
当園では創立のころは毎日、その後は毎週開いていました。厳密には礼拝というより
「お集まり」の類です。
しかし、あるとき幼児が、「先生遊んでもいい?」とか「お外に行ってもいいですか?」
と質問して来たことがありました。何気ないこのことばに私達は愕然となりました。
そういえば「手を洗ってもいい?」「お絵かきしてもいい?」など教師の同意か許可なし
には何も出来ない不自由な子どもがいます。いうまでもなく幼稚園は理事者や教師の
ものではありません。「キンダーガルテン」というように、文字通り「子どものもの」
です。果たして私達は「人間を育てているといえるのだろうか」・・・教員達は深い反
省をもって保育を見直す必要に迫られました。
そして私達が導き出した結論は、「子どもの視点(視座)に立つ」ということでした。
度々の習慣的な集まりは子どもの主体的な遊びを分断し、遊びに対する意欲や集中力
を失墜させ、諦めと惰性の中で子どもの生き生きしさを奪っている。これではいけな
いと気がつき、集まりは必要最小限にしました。礼拝は現在月二回程度開いています
が、日々の聖書カリキュラムは担任教師によって確実に進めています。
これらのやり方には是非があろうと思いますが、私が自分のアンテナを駆使して集計
してみると、卒業生一七五五人のうち、その両親を含めて百人ほどの人が洗礼に導か
れ、さらに三人以上の人が牧師、伝道者、または主の働き人として献身しています。
主はイザヤ書五五章の約束の通り、「このように、私の口から出る私のことばも、む
なしく、私のところに帰っては来ない。私の望む事を成し遂げ、私の言い送った事を
成功させる。」(11節)を実現して下っています。

さて狭山市には幼稚園が十七園あります。二年前までは公立が九園、私立が九園でし
た。いまは公立が統合されて八園になりましたが、入園料ゼロ、授業料六千円の公立
園と共存していくためには私立側には相当の努力が求められています。当園のように
通園バスをおかず、給食もないとあっては、何をもって園児を確保していくか、毎年
園児募集の時期になると頭が痛くなります。
しかし私達にはたくさんの励ましがあります。
まず神さまが始められた業は、神様が責任を持って必ず守ってくださるという確信で
す。(ピリピ1:6、2:13、14)神様が必要とされる間は心配は要りません。それだけに神
様に喜ばれる方法で神様の栄光を現す仕事をしなければなりません。もし必要とされ
ないときは、また神さまは別の方法で御心を示してくださることでしょう。ハレルヤ

神の栄光を現すことにおいて、「福音を伝える」については述べましたが、更にいく
つか当園の特徴的な実践について紹介しておきたいと思います。
一つは「みんなでみんなの子どもを育てていく」という実践です。地域に教育力がな
くなったとか、園が子育てのセンターでなければならないといわれるのは、地域に連
帯感がなくなり、それぞれが閉鎖的閉塞状況の中で暮らしているということです。こ
れではいかに家庭が優秀でもそこだけでは子どもは育ちようながいわけで、「みんな
がよくなっていく」ことが大切です。幼稚園は居心地がよくて、そこにいるだけで
ほっとするような空間でなければなりません。「大家族のように肩を寄せ合って生き
生きと過ごしていける幼稚園」これは主のみ心にかなうことだと思います。
二つめは、地域の教会と連携することです。幼稚園の在籍は長くて五、六年、末の子
どもが卒園するとそこで縁は切れてしまいます。それぞれの家庭と魂を守っていくた
めには、卒園後も関係が持ちやすい近くの教会と連携することです。教会附属の幼稚
園と私達のようにどの教会にも属さない幼稚園では関わりに温度差があると思います
が、要は幼稚園の先生が教会学校でしっかり奉仕をし、礼拝出席を守っていることが
大切でしょう。
三つ目には、園は夢をみていることです。
フランスのアラゴンという人は「教育とは夢を語ること、人生とは誠実を生きるこ
と」と言いました。今日ほど夢のもてない時代に、教育者が夢を語らないで誰が夢を
語るのでしょうか。金融も経済も社会も政治も、右肩下がりで暗いニュースばかりで
す。
教育はロマンです。いまこそ園の将来に、子ども達の未来に、自分の永遠にロマンを
かけて日々を生きましょう。「幻なき民は滅びん」と言われる通りです。従って入園
式も、卒園式も、運動会も各種の園行事も、そこに集う人がアイデンテイテイーを共
有できるような哲学と創造性溢れる行事でありたいものです。
人は賢くならなければ夢を語れません。しかし夢を語ると必ず聞いてくれる人たちが
いる、なんと幸せなことでしょう。
長い間お付き合いくださって有難うございました。
          (終)

 

キュックリッヒ記念財団発行  「乳幼児の教育」  より